廣瀬順子(パラリンピック柔道)の病名は?経歴や大学について!

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パラリンピック女子柔道の廣瀬順子は夫婦でのリオパラリンピック出場を果たしてます。

大学時代までは健常者だった廣瀬順子がリオパラリンピックに出場できるようになったのには、努力と色々な支えがあったからなのでしょう。

リオオリンピック出場までの廣瀬順子の病名や経歴などについて調べてみました。

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廣瀬順子(パラリンピック柔道)のプロフィール

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・生年月日  1990年10月12日
・出身地   山口県
・身長
・所属    伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社

主な成績

・高校時代に山口県代表としてインターハイに出場

廣瀬順子は小学校5年の時に漫画の「あわせて一本」を見て柔道を始めたようです。

漫画の主人公にあこがれて始めた柔道ですが、どうせやるなら強くなりたいという思いがあったので、一つの技を覚えるのに何時間もかけて取り組むほど熱心に柔道に打ち込んだのです。

きっかけはどうあれ、毎日柔道をすることで柔道が好きになっていったのでしょう。

中学時代には山口県でも柔道の強豪校である西京高校に入ることを目指し日々柔道漬けの毎日だったのです。

きっかけとなった漫画の「あせて一本」はどちらかというと恋愛系だったような気がするので、廣瀬順子の柔道は漫画「YAWARA」の方が近かったと思ってしまいます。

 

廣瀬順子の経歴や大学について!

廣瀬順子の経歴は、日々技を鍛え上げ念願の山口県西京高校に入学して山口県代表として全国高校総体に出場を果たしてます。

全国高校総体出場ですから実力も相当なものだったのでしょう。

大学は将来福祉関係の仕事をしたいと進学して柔道を続けていたのですが、高校時代のような活躍はできなかったのです。

大学3年の時には、病気にかかり半年間の入院生活と大学を中退せざる負えない状況に追い込まれてしまいました。

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廣瀬順子(パラリンピック柔道)の病名は?

廣瀬順子を大学中退するまでに追い込んでしまった病名は「成人スティル病」です。

「成人スティル病」は小児に起こる原因不明の炎症疾患ですが、小さい頃にかかると発熱や関節痛などの症状がでても長期間の治療でよくなる方向のようですが、成人するとおたふくかぜのように急激に悪化してしまうことがあるようです。

将来は福祉関係の仕事を希望していた廣瀬順子にとって、自分が障がい者になるなどということは考えつかなかったでしょう。

「成人スティル病」になりほぼ視力を失い、生きる気力すら失ってしまったのが大学中退という結果だったのですね。

しかし。廣瀬順子は視力回復のリハビリに取り組む中で、花園大学臨床心理学科で目が見えなくても勉強ができるという希望の光を見つけました。

花園大学で勉強をするうちに自分は柔道が好きなのだから、やっぱり柔道がやりたいと柔道の練習を再開したのでした。

 

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柔道を再開したことで幸せが

柔道を再開したことで、ご主人の廣瀬悠と出会い柔道で日本代表の座を獲得しました。

最初は廣瀬悠は健常者の柔道との違いを熟知しているので、廣瀬順子にとっては境遇も似ていた廣瀬悠が色々な面で良き相談相手だったのでしょう。

廣瀬順子の欠点を克服するために、外国人のパワーに負けない柔道を二人で考え、半年間で急激に成長したというのですから愛の力は偉大ですね。

廣瀬夫婦のリオパラリンピックでの活躍にきたいですね。

 

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